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私が透析治療を受けている病院は、伊丹バラ診療所で人工透析専門の診療所です。当病院は、人工透析・送迎サービス等の職種があり、安全で安心できる透析医療の提供が行われています。 また、シャントに問題が発生した時は、南隣りにある星晶会あおい病院で血管拡張手術を受ける事も出来ます。1月23日には、わたしも血管拡張手術を受けたばかりです。 星晶会には、伊丹バラ診療所のほか、併設している介護老人保健施設「伊丹ゆうあい」入居中の患者の透析も行われています。患者としてありがたいのは、看護師、介護職員の優しさ、サービスの質の高さです。 ※ 宮崎で市会議員をしていたとき、透析を受けている方の特別養護老人ホームの入居相談を受け、困ったことがありました。この様な施設があればと以前から思っていました。私の透析は火・木・土ですが、堺ナンバーの車と一緒になります。おそらくお父さんの送迎をなさっている方の車でしょう。頭が下がります。
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孤独死発生防止対策と災害弱者対策は、約20年も前から私が住んでいた宮崎市議会等でもその施策が急務であること議論されていました。これらに関連する記事が1月16日付けの神戸新聞に掲載されていました。 それによると、災害時に障がい者や介護が必要な高齢者らに優先避難先となる「福祉避難所」は、兵庫県内41市町の内13市町で指定されていないことが明らかにされています。 福祉避難所は、阪神・淡路大震災で沢山の災害弱者が命を落した教訓を生かすため、厚生労働省がガイドラインで「小学校区に1ヶ所程度の割合で指定する」としています。阪神・淡路大震災によって約6,000名の尊い人命を失った兵庫県でも「福祉避難所」も指定されていない市町が、今もって13も存在しているとは驚きです。 更に、阪神・淡路大震災の災害復興住宅で、独居老人の「孤独死者」は、2011年の1年間で36人にとなっているようです。兵庫県県内の復興住宅265棟を対象にした兵庫県警の検視データに寄ると、仮設住宅が解消した00年1月以降の12年間で、復興住宅の独居死者数は総計で717人となっているようです。 死因は、病死が27人と最も多く、食べ物をつまらせたり浴槽でおぼれたりした事故死が5人、自殺が1人などとなっています。 昨年は、東日本大震災の発生を受けて、復旧・復興を果たす為「人間の絆」が基本でなければと言われてきた。しかし、現状を見ると「福祉避難所」、「孤独死者」等の施策は兵庫県に於いても決して十分でないと言えます。阪神・淡路大震災から17年、もう一度生活に密着した復興施策を総点検して頂きたいと思います。 ※以下は、神戸新聞記事から抜粋したものです。 阪神・淡路大震災あす17年 高齢被災者の孤立進む 阪神・淡路大震災は17日、発生から丸17年を迎える。復興まちづくり事業が最終段階に入った一方、年齢を重ねた被災者の孤立化が進み、地域間の経済格差も広がりを見せる。東日本大震災の本格復興を前に、教訓となる阪神・淡路の17年間とこれからの歩みが問われている。 兵庫県によると、被災12市の推計人口は昨年10月現在、366万6918人。震災直前より1・9%多いが、前年同時期(国勢調査)より0・02%減った。神戸市東部や阪神間の人口増が鈍化しているのに加え、淡路地域などでの落ち込みが続く。 経済規模を示す域内総生産(GDP、実質)は、震災前の1993年度を100とすると、2010年度(速報値)は102・5。5年ぶりに震災前水準を下回った前年度からは回復したものの、淡路地域は10年連続で震災前を下回った。 被災者が暮らす災害復興住宅の高齢化率は48・0%で、2年連続の微減。単身高齢者の割合は10年連続で上昇し、43・7%に達した。誰にもみとられずに亡くなる「独居死」は、00年以降の12年間で717人となっている。 (2012/01/16 08:15) 復興住宅の独居死36人 2011年 阪神・淡路大震災の災害復興住宅で、1人暮らしの入居者が誰にもみとられずに亡くなった「独居死」は、2011年の1年間で36人に上った。前年比15人減で、集計を始めた2000年以降で最少。しかし、死後1カ月以上して発見されるケースが3件あり、見守り活動などの難しさをあらためて示した。 県内の復興住宅265棟を対象にした兵庫県警の検視データを参考に、神戸新聞社がまとめた。仮設住宅が解消した00年1月以降の12年間で、復興住宅の独居死者数は計717人になった。 36人の内訳は男性16人、女性20人で、初めて女性が男性を上回った。最高齢は93歳女性、最年少は46歳男性で、平均年齢は73・1歳だった。65歳以上は28人と全体の78%を占めた。 死因は、病死が27人と最も多く、食べ物をつまらせたり浴槽でおぼれたりした事故死が5人、自殺が1人などだった。 半数の18人が死後24時間以内に見つかった一方、3人は発見まで1カ月以上が経過していた。神戸市中央区の市営復興住宅の女性(74)は、死後約4カ月半で見つかった。高齢者の見守り活動をするメンバーが「2カ月以上、姿を見ていない」と気付き、ケースワーカーが居間で倒れているのを見つけたという。 発見者は家族が15人と最も多く、民生委員やケアマネジャー、老人福祉施設職員らが10人、知人・隣人が9人、警察官2人と続いた。 ボランティア/被災地からの流れをより大きく「社説」 阪神・淡路大震災から間もなく17年になる。戦後最悪の都市災害でさまざまな課題が浮かび上がった。その被害を上回る東日本大震災はこれから復興が本格化する。兵庫の経験を見つめ直し、何を伝えていくかを考えたい。 東日本大震災の発生時、仕事で新潟にいたNPO法人さくらネット(西宮市)の石井布紀子さん(45)は、宮城などを経て4日後の早朝に岩手に入った。最も早く被災地で活動を始めたボランティアの一人だ。 阪神・淡路の後、全国の社会福祉協議会には、災害時にボランティアを受け入れるセンターをつくる仕組みができた。今回も急いで立ち上げねばならなかったが、自治体も職員も被災した。そこで、市民活動を支援する全国組織「災害ボランティア活動支援プロジェクト会議」から派遣されたのが石井さんだった。 阪神の知恵を東北で この組織は2004年の新潟県中越地震後、災害ボランティアが活動しやすい環境づくりを目指し、日本経団連や日本NPOセンター、中央共同募金会などが発足させた中間支援組織だ。災害時には人材や資金、資材を提供する。 ボランティアがスムーズに活動できるようにするため、被災地のニーズを把握し、関係者と協議する調整役の人材も育ってきた。兵庫や中越などの経験が東北の支援に役立っている。 石井さんは17年前の地震で、西宮の自宅が全壊したが、発達障害の子どもたちのケアや救援物資の提供に取り組んだ。その後も災害時の要援護者支援などを手がける。岩手県では、地元の社会福祉協議会や全国のNPOと協力して7市町村にセンターとなるプレハブ21棟を建て、経験者を延べ約4千人送り込んだ。 「阪神・淡路では私たちが困難にぶつかり、新しい仕組みを考えた。その経験から先を読んだ支援ができた」と石井さんは振り返る。 兵庫のほかの組織もノウハウを生かして支援に乗り出した。ひょうごボランタリープラザは昨年4月、東北自動車道にインフォメーションセンターを開設した。ゴールデンウイークにボランティアが殺到するのを見越して、避難所や交通など活動に必要な情報を提供するためだ。地元に手間をかけないように、人と事務所を用意して約1カ月間運営した。 神戸で今も復興住宅のお年寄りを訪問するNPO法人「よろず相談室」は、宮城県石巻市などで仮設住宅の高齢者を見回る。高齢化率が高い東北の仮設住宅でコミュニティーづくりを目指す。 阪神・淡路で支援活動に携わり、東日本大震災後にボランティア担当の首相補佐官を務めた辻元清美衆院議員は「阪神で一ボランティアだった人たちが東北でリーダーとして活躍した。人的ネットワークや経験が生かされた」と話す。 課題もある。東日本では、東北3県で約89万5千人(昨年12月25日現在)が活動した。広範囲にわたって交通網が寸断されたことに加え、食料やガソリン不足もあって、2カ月で100万人に達した阪神・淡路には及ばない。 ただ、17年前は3カ月を過ぎると激減したが、東日本では減少幅が緩やかで、今も多くのボランティアが活動を続ける。被災地では雪かきや孤立させないための対策などニーズはまだまだある。息の長い支援を心がけたい。 |
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Kさんの死 1月24日(火)●宮崎の車椅子バスケットボールの友から電話があった。「Kさんが亡くなった」と言うものだった。余りにも突然の訃報に言葉が詰まった。「どこか悪かったの?」と聞くのが精一杯であった。Kさんとは約30年も前からバスケットを通じて付き合いをして頂いた。宮崎国体後の身障大会へ向けての猛練習にも取組んできた。その後のバスケットクラブ維持のために沢山のお世話をいただいた。また、1年に一回の24時間車椅子バスケット大会でも大変なご尽力を頂いた。福岡、熊本、鹿児島、大分等で対外試合がある度ご一緒させていただいた。クラブ結成後数年は勝利することはなかったが、決して投げ出さず、諦めることなく練習に参加されていた。体育館には何時もKさんの姿があった。試合には出る機会は少なかったが、練習だけはしっかり参加されていた。心の中では立派な方だなと思っていた。つい最近まで宮崎車椅子バスケットボールの監督として、私たちクラブ員のご指導を頂いていた。脊髄損傷で車椅子の生活は筆舌に尽くしがたいしんどさがあったと思います。私自身も両足切断の身でありその苦痛、苦悩等は理解が出来ます。そういった意味も含めて長い間本当にご苦労様でした。そして、心からのご冥福をお祈りします。
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